村上さんのthreadsを観てお二人の対決動画を観ました。
村上さんの文頭にある極左翼マルキシストという斎藤さんへの形容にニヤリと反応したからです。
世間で持て囃される斎藤さんを、僕もそう形容してます。また人が斎藤幸平なる寵児をどう語るかを、僕はその人を評価する一つの踏み絵にしてます。
寿司屋はイカ、居酒屋はポテサラを評価基準とするように、人物は斎藤幸平をどう評するかを一つの基準にしてます。お友達であれば、その方の思想や政治的意見で判断したり、評価したりはしませんが、言論人やアーティストとしては正直値踏みします。
斎藤さんが村上さんの作品を評してつい口にした「嫌いだ」の動画の一言に対し村上さんが長文コメントを残したことからこの対談またはタイマンが実現したそう。
動画が進むにつれ、村上隆本人の説明に次々「なるほど」と納得していく斎藤さん。
正直、僕自身が深くは理解していなかった村上さんについて、その気概や覚悟について僕のも知ることとなっていきます。村上さんからときおり放たれる「敗戦国」という言葉。村上さんは芸術の国おフランスからアメリカが主権を奪還した現代美術のフィールドにおいて、敗戦国日本、または黒人が上級国民となった時代にいまだ差別されるアジア人として戦ってきたことがヒシヒシと伝わります。
そんな氏の作品を軽々と「嫌い」と言った斎藤さん。僕はある理由がありこの文章を書き出してから動画の続きを観たのですが、その理由を村上さんもやはり指摘しました。
「でも斎藤さんマルジェラ着てますよね?」
斎藤さんは「ええ、左翼のイメージを変えたくて」となんとも軽い言葉で応えます。
SDGSという非科学的な政治的プロパガンダを盲信し、脱成長を唱え、マルクスを称賛する斎藤さん。斎藤さんは温暖化の原因がに人類のCO2排出が原因であるという決定的な科学的証拠がないことも、カールマルクスが資本主義の胴元ロスチャイルド家の家系で、共産主義とは英国がステルス世界支配のために作ったコントロールドオポジション、つまり作られコントロールされた、資本主義の模造敵であることをご存知ないのだろうか?
僕がセントマーチンの学生であった頃講義に来たマルコム·マクラーレン。彼はシステムとしてのファッションと戦うパンクムーブメントの首謀者だったけど、ファッション業界と喧嘩するべく手伝ったヴィビアンのパリコレがヴォーグの表紙を飾ったことに、結局システムに取り込まれるという敗北を味わいます。
そんなマルコムに僕のクラスメートがらアンチファッションなデザイナーであるマルタン·マルジェラについてどう思うか質問したら、マルコムはこう答えました。
「彼は自分が何をしているのか理解していない」と。
どうようの事を斎藤さんに問いたいのです。
「あなたは資本主義社会に生きながら資本主義を否定しますが、じゃあどするんですか?マルジェラを着たお洒落新左翼として共産主義的な新資本主義または新社会主義を謳いながら講演料やコマーシャリズムのテレビ出演で大企業のスポンサー料から漏れでる出演料で生きていくのですか?」と。
マルコムの言葉はシチュエーショニズムというフランスの実存主義哲学を背景とする哲学者として白か黒かで灰色の妥協がないソリッドなものでした。
なのでそんな曖昧な哲学または覚悟がないなんちゃって思想家である斎藤さんに、村上さんは戦場に行かず戦争を語る人へ、戦場の真っ只中から強い怒りを感じたと思いますし、タイマン後のこのスレッズにおける極左の呼称からも怒りは収まってないと察します。
手放しに斎藤さんを称賛する言論人は、僕にとってはベチャベチャの水っぽポテサラを出す居酒屋みたいなものなのです。